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東京地方裁判所 昭和41年(ヨ)2415号 決定 1967年7月12日

申請人 相羽宏紀 外二五名

被申請人 株式会社亜細亜通信社

主文

被申請人は申請人らに対し、それぞれ別紙債権目録請求金額欄記載の金員を仮に支払え。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

第一当事者双方の申立

一  申請の趣旨

主文同旨

二  反対申立の趣旨

「申請人らの申請を却下する。申請費用は申請人らの負担とする。」

第二当裁判所の判断

一  申請人らが被申請人(以下「会社」ともいう。)に従業員として雇われているものであること、そして、申請人らが昭和四一年一二月六日会社に対し就労の申入をしたところ、会社はその労務の受領を拒否し、同日以降その態度を維持するとともに、申請人らに賃金の支払をしないことは当事者間に争いがない。

二  被申請人は申請人らの就労の申入が会社の業務を妨害し企業を破壊する意図に出で、もともと債務の本旨にしたがつた労務の提供を真意としなかつたから、右申入を拒否したものである旨を主張するので、以下、その当否を検討する。

(一)  当事者間に争いのない事実および疎明により一応認められる事実をまとめると、次のとおりである。

1 会社は中華人民共和国(以下、「中国」という。)およびこれと密接な関係のあるアジア諸国に関するニユース、解説、資料および写真の国内報道機関等への提供ならびにわが国のニユース、解説、資料および写真の海外報道機関への提供等を目的として設立され、東京都中央区築地に本社を置き、五〇名近くの従業員を使用して営業していたものであるが、とくに中国のニユース提供によつて在日華僑および日本国民の中国に対する認識を高め、わが国の対中国友好および貿易の促進に寄与することに主眼を置き、これがため中国の国営通信社たる「新華通訊社」その他と特別の契約関係を結んで中国のニユースおよび電送写真の配信を仰ぎ、これを国内の主要な新聞社、通信社、テレビおよびラジオの放送各社さらには政府機関に提供していた。

そして、会社は通信社としての性格上当然ながら新華通訊社等から受信する各般のニユースを正確、迅速に翻訳または要約することをもつて結果的には日中両国に利益をもたらすものとして基本的編集の方針としていた。

2 一方、申請人らを含む会社の従業員は全員で亜細亜通信労働組合(以下、「組合」という。)を組織していた。

また、申請人のうち浦浪、古屋、辺見および増田を除く、その余は、いずれも日本共産党(以下、「日共」という。)の党員であつて、後記のように会社を解雇された日共党員の申請外篠原則省、五十嵐昭司、金丸一夫、河合孝二、加藤平八、川越正博、玄間太郎および中村悟郎ならびに会社の従業員たるその余の日共党員とともに日共亜細亜通信細胞(以下、「細胞」という。)を組織し、右篠原を、その細胞長としていた。

3 そして、従前は労使協調して事が運ばれていたが、昭和四一年五月頃から、日共と中国共産党との間に国際政治路線上の意見の対立があらわれ始め、これを反映して、アジア・アフリカ連帯委員会、日中友好協会、中国研究所、日中貿易促進会等、日中友好ないし日中貿易の促進を表明する諸団体に組織の分裂、解散等の混乱が生じたのと前後して、会社の内部においても日共党員による次のような行動があつた。

(1) 当時、会社の第二編集部長であつた細胞長の篠原則省は日共の上級機関の命令であるとして、同年七月上旬、当時、細胞員であつた会社の従業員、安宅善郎に対し会社発行の「日刊ANS国際ニユース」(以下、「国際ニユース」という。)の発送先名簿を内密に提出すべく命じ、また、その頃右安宅に対し国際ニユースを従前のように日共の都道府県委員会宛に見本として発送することを中止すべく指示した(ただし、安宅はこれらの指示命令に従わなかつた。)。

(2) 右篠原は同年八月上旬、会社が広島で行わるべき原水爆禁止日本協議会第一二回世界大会(参加者の八割は日共系といわれる。)の会場で日共を暗に非難する内容を含む中国国務院総理周恩来の祝電等を掲載した国際ニユース臨時特集号を配布するため右安宅に出張を命じたところ、安宅に対し日共の上級機関の指示であるとして、右出張を中止するよう説得した。

(3) 右篠原は、その頃東京で開催された第一二回原水爆禁止世界大会国際予備会議において中国派一六カ国三二名の外国代表が退場し空席となつた会場の取材写真を海外通信社に発信するのを見合せることとし、その旨を細胞員たる申請人富浦徳に指示した。そこで同申請人は会社の写真デスク担当従業員、長南芳樹(当時、日共党員)から発信のため右写真の引伸しを命じられたところ、篠原の指示であるとしてこれを拒否した。

(4) 右篠原は同月二〇日細胞の班会議において、安宅が説得に応ぜず、結局広島に出張して前記国際ニユースを配布したことを遺憾とし、日共の上級機関の指示に従つて会社の四部長共同申入れの形式で会社に抗議する旨を報告し、同月二六日会社の部長会議において、いずれも細胞員たる会社の総務部長川越正博、第一編集部長丸金一夫、発行部長五十嵐昭司とともに会社に対し、安宅の右出張業務は日本人従業員の政治的立場上、問題がある、今後は、その立場を尊重し、右のような業務をなるべくさせないよう配慮されたい旨申し入れた。

(5) 細胞員たる申請人相羽宏紀は会社が同月頃外信として取扱つた速報の翻訳に当り、中国共産党中央委員会の毛沢東主席と訳すべきものを毛沢東議長と誤訳し、細胞員たる申請人平井潤一は、会社がその頃外信として取扱つた中国共産党機関紙、人民日報の社説の速報について、その内容が紅衛兵の行動を賛えたものであるのに、「紅衛兵の行き過ぎ指摘」という見出を付し、また細胞員たる申請人湯浅誠は会社がその頃外信として取扱つた速報の翻訳に当り、日本の著名人の談話を歪曲した。

(6) 細胞は同年九月二一日会社が後記のように、その経営方針および基本的編集方針の徹底を図つたので同月二六日総会を開き、その緊急対策を協議したがその際、前記金丸は会社が日共党員たる従業員を排除すべく策動していると報告し、細胞の指導部は、これを前提とし細胞員に対しあくまで会社に残留して会社の策動を日共の上級機関に報告する必要があると強調した。

(7) 細胞員(特定不能)は同年一〇月末頃会社が中国北京発信の英語電波を受信して英文に打出すため受信周波数を時間帯ごとに固定して使用しているテレタイプの機械内部を、ことさらに操作して右周波数を変更し、これによつて、即時受信を妨げた。

(8) 細胞は同年一一月八日会社が後記のように篠原細胞長以下六名の細胞員を解雇したので、直ちに会議を開いて、その対策を協議したが、その際、篠原は会社から排除される細胞員およびその同調者の生活については日共が救済措置を講じるから心配の要はないと述べた。また細胞員たる前記川越および金丸は同月一一日当時なお細胞員であつた申請外香川孝志に対し日共は党として、いよいよ会社に対し決定的斗いを行うことになつたと告げた。

4 これに対応して会社は次のような処置を採つた。すなわち、

(1) 前記四部長の申入につながる細胞の言動から察して外信速報の編集に対し細胞による作為があることを慮り、同年九月二一日社員総会を開き、前記のような会社の経営方針および基本的編集方針を改めて明示し、その周知徹底を図つた。

(2) 同年一〇月四日前記篠原が前記安宅の業務に関し反会社的行為をしたとして、篠原を第二編集部長から解任した。

(3) 細胞員による反会社的行動を未然に防止する必要があるとして、同年一一月八日日共の指令に従い社内に混乱をもたらした等の理由を記載した書面をもつて、細胞の幹部たる前記篠原、金丸、川越、五十嵐、加藤および河合の六名を解雇し、ついで同月一四日同様の書面をもつて細胞員たる玄間太郎および中村悟郎の二名を解雇した。

(4) 同月一四日組合が右解雇の撤回を要求してストライキに入ると、直ちに組合に対しロツクアウトを通告し、かつ申請人らを含む組合員全員を会社構内から退去させたうえ、以後その立ち入りを阻止した。(なお、会社の従業員中、前記長南、安宅および香川のほか山下竜三ら日共の離党者に非党員の一部を加えた一四名は同月七日亜細亜通信正統労働組合なる名称の労働組合を結成した。)

5 組合は右要求貫徹のため同月一四日午前九時会社に斗争を宣言し、同日午後三時開かれた団体交渉において会社から示された解雇理由が前記書面以上に出なかつたことを不満として、同日午後四時〇三分から全員ストライキに入つたものであるが、その後会社から団体交渉を同年一二月五日開催して右解雇問題に一時金問題を併せて解決すべき旨の回答を得たので、右交渉を結実させるため、これに先立つ同月三日会社に対し書面をもつて、同月六日午前九時限りストライキを中止し、同時刻から組合員を就労させる旨を通知したところ、会社は直ちに組合に対し書面をもつて右交渉において組合員の就労条件について話合いが付かない限り、ロツクアウトを解除する意思がない旨を回答した。

そして、同月五日開催された団体交渉において、会社は組合員の就労条件を討議すべく提案したが、組合側がこれを議題でないとして拒否したので、ストライキ参加者につき同月一二日までに依願退職届を提出しなければ解雇する旨通告して決裂の状態となり、その後は昭和四二年一月末にいたるまで組合側交渉委員の資格問題および議題について意見が一致しないため、団体交渉が開かれなかつた。

(二)  以上の事実に基いて考えると、前記のように組合がストライキを中止し、申請人ら組合員が就労を申入れるにあたり、その就労方法につき格別注文を付したわけではないから、申請人らの右就労申入は他に特段の事情がない限り、会社の指揮命令に従つて労務に服する意思に出たものと認めるのが相当であつて、それ自体、もとより労働契約に基く適法な履行の提供とみるべきである。

もつとも、ストライキに先立ち申請人らのうち細胞員の一部には前記のように取材写真の引伸し作業拒否および外信速報の翻訳、編集上の過誤の所業(これは労働契約に基き労務給付の過程において労働者に当然要求される忠実義務に違反するものというべきである。)があつたから、前記のような客観情勢に照せば、申請人らを、その申入に応じて就労させるときは、その就労過程において同様の所業が累行されるおそれがないとはいえない。しかも、右写真引伸し拒否は、会社の第二編集部長であつた篠原細胞長の指示に従つたものである事実、さらに同細胞長は細胞員たる会社の従業員安宅善郎に対し国際ニユースの発送先名簿の提出を命じ、国際ニユース見本の日共都道府県委員会向け発送の中止を指示し、国際ニユース特集号配布のためにする広島出張を中止すべく説得し(これらの工作は安宅の応じるところとならなかつた。)、また篠原ほか、いずれも細胞員たる会社の三部長は細胞員の右広島出張業務を機縁として日本人従業員に、その政治的立場と相容れない業務を課さないよう配慮されたい旨を会社に申入れた事実があるところからすれば、申請人らのうちには日共党員としての政治的考慮により細胞の指示に従い会社の業務を左右する挙に出るものがないとは保し難い。したがつてまた、これに加えて前記のように細胞員によるテレタイプ受信周波数変更の所為があつたのであるから、会社が組合からストライキ中止の通告を受け、また、その組合員であつて多くが細胞員たる申請人らから就労の申入を受けながら、その就労条件について話合いが付かない限り就労させないという態度を採つたのも細胞員の動きを警我したことによるものと考えられ、無理からぬ面があることを否定し得ない。

しかしながら、乙第九号証の一、二および五、六、第四九号証中、細胞が日共の中央委員立木洋の指導のもとに会社の業務を妨害し、終局的には事業の破壊を目途として陰謀を企んだ旨の記載は当事者審尋の結果に徴しても、その点の疎明とするに足りず、その他、日共の上級機関から細胞に対し、また細胞の指導者から細胞員に対し一般的指令として会社の業務を積極的に妨害すべく通告された事実のあることを認むべき疎明はない。なお、細胞は前記のように会社に日共党員たる従業員を排除する策動があるとして、その対策を討議し、篠原細胞長その他から日共が細胞員らの生活につき対策を有し、会社に対し決定的斗いを行う方針であることが表明されたが、これによつて会社による細胞員の処遇に対する受身の方策以上のものが示されたものとは認めることができない。したがつて、会社の業務に関し細胞員に前記のような行動があつたからとて、それだけでは申請人らが構えて会社の業務を積極、消極に妨害しようとして就労申入をしたものと認めるのは早計であるというほかない。すなわち、少くとも申請人らの就労申入以降の段階においては、会社としては仮に申請人らのうち就労に際し再び前同様の所業に出るものがあつたとしても、その具体的所為につき個別的に対処することによつて十分に企業秩序を維持し得ない事態にあるとはいえないから、申請人らの就労申入を概括して拒否することを信義則上肯認するに足りる客観的事由はないものといわなければならない。それならば、申請人らは労務給付の債権者たる会社の責に帰すべき事由によつて昭和四一年一二月六日以降就労することができなかつたのであるから、反対給付たる賃金の支払を受ける権利を失わない。

(なお会社は前記のように申請人らの就労申入以後もロツクアウトを解除していないが、それは単に申請人らの就労態度に対する懸念に出たものと認めるのが相当であつて、組合との間の経済的紛争を有利に導くため組合に圧力を加える争議手段としてなしているものとは認められないから会社は右ロツクアウトによつては申請人らに対する賃金支払義務を免れるものではない。)

三  そして、疎明によれば、申請人らが会社から支給される一カ月の基準賃金(固定給部分)はそれぞれ別紙債権目録基準賃金欄記載の金額であることが認められるから、申請人らは会社に対し昭和四一年一二月六日から同月三一日までの労働日に対応する同目録請求金額欄記載の賃金債権を取得したものというべきであつて、本件仮処分申請は被保全権利の存在につき疎明を得たが、さらに申請人らは疎明上明らかなように会社から支給される賃金によつて生活していた労働者であるから、現在において右未払賃金の支払を受けないときは著るしい損害を蒙るおそれがあることを推認するに難くなく、右賃金債権につき仮の地位を定める保全の必要があるものといわなければならない。

四  よつて、保証を立てさせないで相当の処分をすることとし、申請費用については民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 駒田駿太郎 宮本増 田中康久)

(別紙省略)

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